「踊りに生かされている」―新国立劇場バレエ団プリンシパル・井澤駿が語る『マノン』デ・グリュー役、そして“永遠の課題”としてのバレエ

2020年、コロナ禍の影響で一部公演が中止となった新国立劇場バレエ『マノン』。あれから6年を経て、プリンシパル・井澤駿が再びデ・グリュー役に向き合う。ケネス・マクミランによる英国バレエの金字塔とされる本作に、いま改めて取り組む心境を稽古中にお話いただいた。

そして、英国ロイヤル・オペラ・ハウスで初日主演という大役を担った昨年の同バレエ団『ジゼル』ロンドン公演の経験を経て、自身の現在地、“バレエとは何か”の思いを語ってくれた。

 

『マノン』©Satoshi Yasuda


「役に生きる」

今回、改めて再び『マノン』に主演されるお気持ちは?

ほかの古典バレエとまったく違うアプローチの作品であり、前回は一からリハーサルを積み重ねてきたので、コロナのため途中で公演中止になり、出演ができなかった際は正直大きなショックを受けました。

デ・グリュー役を今回も踊らせていただけると聞いたときは、純粋にとても嬉しく思いました。

難しさは、ケネス・マクミラン振付の演劇的な部分、心理を表現するところにありますか?  実際に踊る側としては、いかがでしょうか。

自分の中のバレエの常識が、通用しない感覚があります。多くのクラシックバレエでは身体を使って大きな表現をしてお客様に届けるのが基本ですが、『マノン』では真逆です。客席を意識して演技や踊りを表現することが癖になっているため、「リアルじゃない」と指摘を受けます。マイムで伝えるのではなく、その役を“生きる”ことが大切です。演技ではなく、その人物として“存在する”ことが重要だと言われています。

他にも歩き方ひとつにしても、つま先から出てバレエのポジションに入るのではなく、かかとから自然に歩け、と言われます。頭では理解しているのですが、どうしてもバレエの歩き方が身についてしまっているので、つま先を伸ばして歩き始めようとしてしまうのがなかなか難しいところです。

今回は、様々な経験を積んだ上でのデ・グリュー役になりそうですか?

そうですね。指導で来日されているロバート・テューズリーさんは、以前に『ジゼル』の公演でも教えていただきました。その際、2幕にアルブレヒトがジゼルのお墓を訪れるために登場するシーンで、歩いて登場する一歩目で止められて、1時間歩くリハーサルを続けたことがあったんです。感情ありきの一歩がいかに大切か、ということを教えていただきました。

以前も演技面では悩みを抱えていましたが、6年ぶりに改めてこの作品で演技の仕方というものを考えさせられています。

『マノン』では、バレエで身に付けたものを、できるだけ削ぎ落とした方が自然でリアルな姿に近づくと思っています。表面的な演技ではなく、心の中から表現するのが大切です。


純粋なデ・グリュー

全幕を通して、デ・グリューはどんな人物だと捉えていますか?

彼は神学生で、魅力的な女性のマノンと出会い、愛や嫉妬、欲といった初めての感情を経験していきます。人生経験が乏しい若者なので、マノンとは生きる世界が違うけれど、愛に真っすぐな純粋さも持っています。

最初から流れを考えると型になってしまう気がするので、何も恋愛経験がないピュアな設定をベースに置いて、あとはその場で生まれるものに反応し、“作る”のではなくデ・グリュー自身になって踊りたいと思っています。

©Satoshi Yasuda


すべて感情が違う、マノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥ

各幕のパ・ド・ドゥを、どのように感じていますか?

作品中の4つのパ・ド・ドゥは、すべて感情が違います。1幕の出会いの踊りは、デ・グリューが、まだマノンの背景について何も知りません。だからこそ、彼の純粋さを大切に踊りたいと思っています。

次の寝室のパ・ド・ドゥは、2人が一緒になった幸福な気持ちの盛り上がりがあり、その後にマノンがいなくなることで、デ・グリューの感情が強く動きます。

各幕を繋げてリハーサルが進んで踊るうちに自分の感じ方も生まれると思うのですが、やはり最初の出会いは重要だと感じるので、丁寧に踊れればと思います。

終幕は、沼地で人生の終焉を踊る、壮絶なパ・ド・ドゥですね。2020年も今回もパートナーを組むマノン役の米沢唯さんと、どのように稽古は進んでいますか?

先ほど、その場面の練習を終えてきたばかりです。マノンが瀕死の状態で倒れ込むのをキャッチする、いかにギリギリのリスクを取るかというのが振付の狙いではあるけれど、安全に行わなくてはいけないし、かといって守りに入ってもいけないし…。

リスキーな振付はお互いに信頼関係がないとできません。米沢さんとは長年一緒に踊ってきて、信頼し合える関係が築けているからこそ、そういった作品にもふたりで挑んでいくことができます。

今回指導いただいているロバート・テューズリーさんは、男性ダンサーならではのサポート技術を実際に身体の動きで見せていただけるので、細やかな指導をしてもらえるのは非常に大きな学びです。

世界のトップダンサーで、『マノン』など多くのマクミランの作品を踊ってきたレジェンドなので、凄く刺激を受けています。存在自体が美しすぎて別次元だと憧れる一方で、やはり指導が素晴らしいので、踊りがどんどんクリアになってきている実感があります。

これまでの指導で、一番参考になった教えはありますか?

目線は大切だと思いました。ダンサーはどうしても、特にテクニックをする前に準備で、目で次のスポットを付けがちです。しかし、通常の生活でそれはありえません。今回のリハーサルでは最初から鏡を閉じて、自分たちの踊りを見ないまま、稽古をしています。

指導の最初の1週間は、何故ここを見たのか、目線が下を向いている、というような視線について指摘を受けて、いかに相手を見て芝居することが大切かということを学びました。


<Information>

新国立劇場バレエ団
『マノン』 Manon

振付:ケネス・マクミラン
音楽:ジュール・マスネ

期間:2026年3月19日~3月22日
会場:新国立劇場 オペラパレス

詳細は公式サイト参照
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/manon/

 

photo by 山崎あゆみ(Ayumi Yamazaki)http://ayumiyamazaki.com/
東京を拠点に建築、旅、人物と幅広いジャンルを撮影。

text by 鈴木陽子(Yoko Suzuki)
CS放送舞台専門局、YSL BEAUTY、カルチャー系雑誌ラグジュアリーメディアのマネージングエディターを経て、エンタテインメント・ザファースト代表・STARRing MAGAZINE 編集長。25ヶ国70都市以上を取材、アーティスト100人以上にインタビュー。

 

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