上野水香 — 舞台に導かれて踊り続ける理由

日本が誇るバレエダンサー、上野水香。2023年芸術選奨文部科学大臣賞受賞を機にスタート、自身の名を冠した公演〈上野水香オン・ステージ〉は、ツアー公演を含め、今年も多くの観客に迎えられた。

舞台の上で感じた観客の存在、そしてモーリス・ベジャールから直接指導を受けた作品が「ボレロ」。ベジャール版「ボレロ」を踊ることを許された、唯一の日本人女性ダンサーだ。

踊り続ける中で見えてきた「軸」は、いま「確信」へと変わりつつあるという。ダンサーとして生きる意味を語った。


舞台の上で感じた観客の存在

Mizuka Ueno in Maurice Béjart Boléro performance

©Shoko Matsuhashi

先日終えられた今年の〈上野水香オン・ステージ〉を振り返って、お気持ちを教えてください。

今回改めて感じたのは、この舞台を本当に多くの方が楽しみにしてくださっているんだということでした。舞台に立つと、客席の空気というのはすごく伝わってくるんです。観客の視線や集中している雰囲気、そして終演後の反応…そのすべてから、「この舞台を続けてきてよかった」と感じることができました。

3回目になりますが、また見たいと言ってくださる方がいるからこそ、続いてきた舞台だと思っています。

今回パートナーを組んだ共演者のフリーデマン・フォーゲル(シュツットガルト・バレエ団)とは、お互い長年のキャリアを重ねてきたダンサー同士だからこそ分かり合える部分があり、たくさんの喜びや苦しみも共有できました。そのおかげで、舞台に深みが生まれたのではないかと思います。

©Shoko Matsuhashi

今年は、福岡、大阪も回るツアー公演でした。感触はいかがでしたか。

終演後に「やっと見ることができました」と声をかけてくださる方がとても多かったんです。大阪公演ではかなり長い時間サインをしていたのですが、本当に多くの方が並んでくださっていました。

その中で印象的だったのは、「ずっと見たかった」という言葉でした。だからこそ、こうして各地に行くことで、届けられることには意味があるのではないかと思っています。


ツアー公演で確信したこと

今回の舞台を終えて、どのようなことを感じられましたか。

今回の公演を終えて、ひとつ強く感じたことがあります。それは、お客様がこの舞台を本当に好きでいてくださるということでした。東京だけでなく、ツアーの会場でも、皆さんが本当に幸せそうに舞台を見てくださる。その様子を見ていると、「もっと届けたい」「もっと多くの場所で踊りたい」という気持ちが自然に湧いてくるんです。

この舞台を準備しているとき、私はいろいろなことを考えていました。自分の人生やバレエ、舞台という存在について、何かを感じてもらえるような舞台にしたい。そんな思いを持って作ってきました。

そして公演を終えてみて、その思いがひとつの形として返ってきたような感覚がありました。だから今回の舞台は、自分の中でとても大きな意味を持つものになりました。


ベジャール版「ボレロ」

©Shoko Matsuhashi

今回の舞台でも印象的だったのが「ボレロ」でした。上野さんは、20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャールからベジャール版「ボレロ」を踊ることを唯一許された日本人女性ダンサー。ご本人から直接指導も受けていらっしゃいますね。

「ボレロ」は、ベジャールさんから直接教わった作品です。振付に厳密な「型」があります。まずは、その型を徹底的に忠実に踊ることが求められました。

いくら作品のスピリットを理解していても、型が身体に入っていなければ成立しません。完全に身体に入れてこそ、表現がポーズから自然に現れます。同じ振付を踊っても「ボレロ」を踊るダンサーの表情や香り、その人らしさが、型の中からにじみ出るのです。


「型」の先にあるトランス

「ボレロ」を踊るとき、舞台の上ではどのような感覚になるのでしょうか。

「ボレロ」は特別な作品です。特に〈上野水香オン・ステージ〉の公演は、たくさんの作品を踊ったあとに踊るので、身体はかなり疲れている状態なんですね。でも音楽が始まると、自然にその世界に入っていく感覚があります。

「型」をきちんと身体に入れておくと、舞台の上では逆に自由になれるんです。「ボレロ」は踊っているうちに、だんだん意識がなくなっていくんです。

トランス状態というか「無の状態」、本当にそれに近い感じになります。前も後ろも横も、自分がどこにいるのか分からない。でも、その中で大きなエネルギーの流れのようなものが生まれ、何かと繋がっている感覚だけはあるんです。その中に自分がいて、循環していく感覚があります。


舞台全体で生まれる「ボレロ」

©Koujiro Yoshikawa

今回の舞台では、観客やダンサーとのエネルギーをどのように感じましたか。

特に今回の舞台では、そのエネルギーをすごく感じました。周りの男性ダンサーたちのリズム、客席の集中、音楽。全部が大きな流れになって、舞台の上に渦ができていく。ボレロという作品は、舞台全体で生まれるものなんだと改めて思います。

東京バレエ団の男性ダンサーたちは、長く一緒に踊ってきた仲間なので、本当に気心が知れているんです。

最終日の舞台では、特にみんなが「今日は本当にすごいものにしよう」と思っているのが空気でわかるんです。そのエネルギーを受け取りながら、こちらも応える。あの瞬間は、本当に特別ですね。

ボレロは、踊るたびに変わる作品でもあります。今回の公演でも、毎回少しずつ違っていました。初日は、いろいろな思いが混ざっていた気がします。でも踊るうちに、その感情が浄化されていく。最終日の3日目は、もう完全にトランス状態でした。

観客、周りのダンサー、音楽、全部のエネルギーが渦のようになって、その中に自分がいるような感覚です。それが「ボレロ」の醍醐味だと思います。


「軸」が「確信」に変わる

踊り続けてこられた中で、精神的な意味での「軸」とは何でしょうか。

正直なところ、自分でも長い間はっきりとは分からなかったんです。気がついたら、こうして踊り続けているという感じでした。踊ることで周りの人が喜んでくださることがエネルギーになり、ここまで続いてきました。

そして最近は、もうひとつ感じていることがあります。それは、何かに導かれているような感覚です。ずっと踊ってきて振り返ると、「どうしてここまで来られたんだろう」と思うことがあります。もちろん努力もしてきましたが、それだけでは説明できないこともたくさんありました。

最近は、何かに守られているのかもしれないと感じるようになりました。若い頃は、ただ必死でした。今は「もう少し先を見てみたい」「もう少し踊ってみたい」、そう感じられるようになりました。

これまで自分の中でなんとなく感じていた「軸」のようなものが、今回の舞台を経て、確信に変わってきているのかもしれません。

「導かれている」と信じることも、またひとつの軸になると思っています。それは、今までになかった感覚です。


未来へ — 踊り続けるということ

これからの舞台について、どのような思いがありますか。

今は、一日一日を大切に踊りたいと思っています。これからどんな舞台や作品に出会えるのか、それを楽しみにしながら、踊り続けたいです。

今は身体を整えて、「いつでも踊れる状態」でいること。最近は、世界的にもダンサーが長く踊る時代になってきているように感じます。もちろん身体のケアやトレーニング方法も進化していますし、経験を重ねたダンサーだから表現できるものもあります。もし求められても続ける道がないとしたら、それはとても勿体ないことだと思うんです。

東京バレエ団では定年が決まっていますが、私の場合、バレエ団がゲスト・プリンシパルという新たなポジションを作ってくれたので、全幕作品や「〜オン・ステージ」など、バレエ団での舞台で踊ることができています。これからも、お客様に求めていただき、身体が続くのなら、このキャリアを大切に積み上げていきたいです。

「こういう道もある」と示せる存在になれたらいいなと思います。まだ誰も歩いたことのない道だからこそ、意味があるのかもしれません。

 

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<Information>

上野の森バレエホリデイ2026特別企画
〈パ・ド・トロワ ― また会う日まで〉
Pas de Trois, Au Revoir
上野水香×町田樹×高岸直樹


会場:東京文化会館 小ホール

公式サイト
https://www.nbs.or.jp/stages/2026/pdt/

■東京バレエ団
https://thetokyoballet.com

 

photo by 花井智子(Tomoko Hanai)
日本女子大学文学部卒業 ポートレート、舞台を中心に撮影。2020年表参道MIDORISOギャラリーにて個展「LiLee」開催。

text by 鈴木陽子(Yoko Suzuki)
CS放送舞台専門局、YSL BEAUTY、カルチャー系雑誌ラグジュアリーメディアのマネージングエディターを経て、エンタテインメント・ザファースト代表・STARRing MAGAZINE 編集長。25ヶ国70都市以上を取材、アーティスト100人以上にインタビュー。

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